アート系写真集の領域 - ファッションとグラビアの境界線

「グラビア」と「アート写真集」の間に明確な線を引けるか。たぶん無理だ。そしてその「線を引けなさ」こそが、このジャンルの面白さだと思っている。

本屋の写真集コーナーに行くと、グラビア写真集とアート系写真集は別の棚に並んでいることが多い。でも手に取ってみると「これ、どっちだ?」と迷うものが確実にある。被写体は芸能人、撮っているのはファッション畑のカメラマン、中身はモノクロ主体で衣装はハイブランド。グラビア?アート?その「分類不能さ」に惹かれる人は少なくない。

アート系写真集とグラビアの違いは何か

便宜的に整理するなら、こうなる。

グラビアとアート系の比較

  • 目的:グラビア=被写体の魅力を「見せる」 / アート=コンセプトや世界観を「表現する」
  • 主役:グラビア=被写体が主 / アート=写真家と被写体の共同作業
  • 購入動機:グラビア=「この人」が見たい / アート=「この作品」を所有したい
  • 価格帯:グラビア=2,000〜4,000円 / アート=3,000〜10,000円以上

もちろんこれは大雑把な整理で、例外はいくらでもある。グラビアでもコンセプト重視の作品はあるし、アート系でも被写体のファンが買うケースは多い。

モード系写真の美学

ファッション誌の写真と、グラビア誌の写真。同じ「人物を撮った写真」でも、空気感がまるで違う。モード系の写真には独特のルールがある。

余白の使い方が違う。グラビアは基本的に被写体を大きく撮る。顔のアップ、全身のグラマラスなライン。一方でモード系は、背景の「空間」に意味を持たせる。被写体が画面の端に小さく写っていて、広大な風景が広がっている。その「余白」が作品の一部として機能している。

表情の方向性が違う。グラビアでは「カメラに向かって微笑む」「目線をくれる」のが基本。モード系では「カメラを無視する」「どこか遠くを見ている」ことが多い。被写体がカメラの存在を意識しないことで、「のぞき見」ではなく「観察」の視点が生まれる。

スタイリングの意味が違う。グラビアの衣装は「似合うもの」を選ぶ。モード系は「作品のテーマを表現するもの」を選ぶ。だから日常では絶対に着ないような前衛的な服が登場する。被写体の「素」を見せるのではなく、服と人が一体になった一つのビジュアル作品を目指す。

グラビアとアートが交差する人たち

吉岡里帆の写真集には、グラビア的なカットとアート的なカットが同居しているものがある。女優としての表現力がカメラマンのアート志向と噛み合ったとき、どちらのジャンルにも収まらない独特の作品が生まれる。

綾瀬はるか長澤まさみクラスの女優になると、写真集は「グラビア」ではなく「作品」として企画されることが多い。一流のカメラマンが一流の被写体を撮る。結果として生まれるのは、分類を超えた「いい写真の集まり」だ。

「アート系って敷居が高い」という声をよく聞く。分かる。ファッション誌みたいな写真を前にして「何をどう見ればいいの?」と戸惑う気持ちは理解できる。でもコツは簡単で、「好きか嫌いかだけで判断していい」。アートの鑑賞に正解はない。「なんかこの写真好き」で十分だ。

アート系写真集の入口

もしアート系に興味が湧いたなら、まずは好きな女優やモデルの写真集の中から「ちょっといつもと違うテイスト」のものを探してみるといい。同じ人でも、カメラマンが違えば全然違う世界観の作品になる。

写真家で選ぶという方法もある。グラビアとアートの両方を手がけている写真家は多くて、同じカメラマンがグラビア誌では「かわいい」を撮り、個展では「凄み」を撮る。その振り幅の大きさ自体が面白い。

モノクローム写真の世界はアート系への良い入口になる。色を捨てることで見えてくるものがある、というのはアート写真の基本的な考え方の一つだ。写真家から入るグラビアという視点も、アート系を楽しむヒントになるはずだ。